前日にジャンダルムを越えて穂高岳山荘のテン場で幕営しました。2日目は大キレットを越えて槍ヶ岳山荘まで縦走の予定です。
以下、2日目、3日目のレポートです。
DAY 2 穂高岳山荘~北穂~大キレット~槍ヶ岳山荘
3時半にアラームを設定して就寝したが寝付けない。日が暮れてからやや強めの風が吹き出して、フライがずっとパタパタと音を立てているというのもあるが、いまだにジャンダルム越えの興奮が冷めないのも原因かもしれない。
眠れない、眠れない、と思いながらふと時計を見みるとなんと5時だった。完全に寝坊してしまった。今日は遅くとも5時には出発したかったのに。どうやらいつの間にか眠ってしまい、ずっと眠れない、眠れない、と思う夢を見ていたようだ。高地泊だといつもと違う変なことが起こる。いつもならアラームが鳴るより先に、早立ちの人の足音やコッヘルの音で目が覚めるのだが、フライの音で聞こえなかったみたいだ。
フライを開けるとまだ薄暗い中、ヘッドランプの明かりがいくつも奥穂に向かって登っていっている。周りのテントも撤収にかかっている。槍ヶ岳まではぎりぎりのCTで計算していたので結構致命的なロスになってしまった。
起こってしまったことは仕方がない。すぐに地図を見て、北穂まで行って涸沢に下りる、大キレットを越えて南岳で幕営する、予定通り槍ヶ岳までの縦走を完遂する、の3パターンのオプションを設定した。食べなければ始まらないのでとりあえず落ち着いて朝食のお粥を作る。
3時間ぐらいは眠ったのだろうか、体調は良い。足もアイシングしていたので疲れが取れている。
6時、涸沢岳に向かって歩き始める。1分も登らない内に息が切れる。思わず立ち止まる。昨日も後半はこんな感じだった。下りは問題ないのだが、高度3000メートル級の登りに体が順応していない。前を歩く女性も息切れのようで、先にどうぞと言われたが、そちらこそ先にどうぞと声に出すのも辛くて、声にならない声で礼を言って先に行く。
涸沢岳からはしばらく最低コルまで下降が続く。5年前は所々凍っていたルートも今日は乾いている。
一気に下降する。北穂まではこの下降セクションが核心部だ。北穂を出発してきた人と早くもすれ違う。
風はあるがそれほど寒くない。岩壁の中には所々張り付くように草紅葉が。
あまりにも見通しが良すぎて近くに見え、槍ヶ岳まで行けそうな気になってくる。
北穂のテン場が見えてきた。ここも一度は幕営してみたいところだ。
小屋前のテラスで休憩。クリフバーは食べる気にならず売店であんぱんを購入。水も補給。北アルプスの小屋の人はどこもだけどホスピタリティにあふれている。
連休最終日ということで人は少ない。休憩している間に9時を過ぎた。8時にここに着いていたら迷わず大キレットに行くのだが。CTを計算すると槍ヶ岳まで6時間ほど。順調に行っても15時、登りの息切れを考えると16時を過ぎてしまうかもしれない。行動時間リミットの15時には着いておきたい。南岳を今朝出た人がすでに北穂に着いて休んでいる時間帯。こちら側からは誰も大キレットに入って行かない。寝坊さえしなければ。
目の前には快晴の大キレット。ここで下りたら次のチャンスは数年後になってしまうかもしれない。う〜ん、と悩んでいるとオレンジヘルメットのベテラン風のおじさんが颯爽と現れてなんの躊躇もなく大キレットへと入って行く。次の瞬間ぼくも腰を上げていた。とりあえず南岳までは行こうと。
北穂からは大きく下降する飛騨泣きと呼ばれる核心部がまずある。オーバーハング気味の岩壁を下りるのだが写真を撮る余裕はなかった。ベテラン風のおじさんはさくさくと歩いてあっという間に見えなくなってしまった。
飛騨泣きを抜けた辺り。すれ違いの人が口々に、飛騨泣きどうでしたか?と聞いてくる。ここは下降する方が難易度が高い。足の置き場が見えないので何度か登り返して仕切り直しをした。ぼくも最後の核心部の長谷川ピークが気になるので、その度に様子を聞く。
前方に長谷川ピーク。ピークに乗って休んでいる人が見えた。
長谷川ピークを越えたら待っている登り返し。南岳も見える。
長谷川ピークが近づいてきた。
その手前のA沢のコル。久しぶりにフラットな場所でザックを下ろして休憩。
長谷川ピークへの取り付き。
まずは飛騨側をトラバースして行く。
ピーク手前で垂直の岩壁を上昇して稜線に出る。
10時53分、長谷川ピーク着。風が強くなっている。
これで核心部は全て越えたことになる。張り詰めていた気持ちが少し緩んだ。槍ヶ岳へのマーキングを初めて目にして、ゴールが近づいているのを実感する。
来た道を振り返る。北穂が霞んで見える。
前方の山を越えれば南岳だ。
また振り返る。
前方に絶壁が見えてきた。登り返しで息が切れる中、目にする絶壁は絶望感しか与えない。でも、あれを乗り越えた先の風景と自分の姿を想像して歩き出す。あと、ご褒美に南岳小屋でコーラを買おうと思った。
登れるのかと思う。
長めの梯子が2箇所ある。感覚が麻痺していて恐くはないが、酸素が足りていないのか気を抜くとぼんやりしてしまう。手に力を込めて梯子を握る。
登り切るとこれから大キレットに入って行くパーティーとすれ違う。
大キレットを振り返る。北穂、涸沢岳間の稜線の向こう側に奥穂が見える。ジャンダルムもまだ見えるかもしれない、と目を凝らしたが、もうよく分からなかった。
12時26分、南岳小屋着。果てに槍の穂先が覗いている。大キレットを越えた。早着の人達がテントを張ってくつろぎタイムに入っている。
小屋に入ると、ハヤシライスのお客さまあああ~、とおばちゃんの威勢の良い声が聞こえてきた。朝食以来、あんぱんとトレイルミックスしか食べていなかったので空腹だ。ハヤシライスに魅入ってしまう。我慢してコーラを買った。ペプシだった。ここの小屋の人も笑顔で迎えてくれて、疲れた心身に安らぎを与えてくれる。
テン場の脇に腰掛けてコーラを飲む。ひと心地ついて、さてどうしようか?、と顔を上げると近くのベンチに腰掛けてポテチをパリパリうまそうに食っている同い年ぐらいの男性と目が合った。コーラとポテチの組み合わせは最高だと思った。ぼくにはコーラがあるし、彼にはポテチがある。話が合いそうだし、ここで幕営してくつろぎタイムに入ってもいいかもしれない。
長丁場の縦走にはそれを乗り越えるための目標、ご褒美を設定する必要がある。一番手っ取り早いものが食べ物だったりする。じつは大キレット後半からコーラとは別に槍ヶ岳山荘の小屋飯をご褒美として設定して歩いてきた。確か、酢豚だったはずだ。今夜の夕食もアルファ米だと思うとどうしても力が湧いてこなかった。酢豚だと思うと力が湧いた。
よし、ポテチじゃなくて酢豚だ、と腰を上げると南岳を登っていくオレンジ色のヘルメットが見えた。
南岳への登り。もう、滑落する心配はしなくていい。ひと山越える度に風景が変化する。日本の山は素晴らしい。
南岳ピーク。シンプルな標識。
南岳からしばらく先はなだらかな稜線が続く。こういう稜線が大好きだ。
14時17分、中岳ピーク。あとは前方の大喰岳を越えればゴールだ。
14時57分、大喰岳ピーク。初めて槍の全貌を見る。山荘とその手前のテン場も見える。ここのテン場は人気で昼前には空きがなくなると聞いていたが、どうやらまだ空いているようだ。憧れのテン場なのでラッキーだ。空いてなければ殺生ヒュッテまで行くつもりだった。
15時27分、槍ヶ岳山荘着。槍の姿にただ圧倒される。
槍ヶ岳には登らない。人気の山で混雑時には小屋前まで列ができて4時間待ちとかあるらしいが、今日は空いている。2、3人取り付いているのが見えるだけだ。我が家の決まりで登らずに見るための山というのが、富士山、剱岳、槍ヶ岳と決まっているからだ。テントと夕食の受付をしてビールを買ってテラスで槍を眺めながら飲む。
ここのテン場は場所の指定がある。受付順に小屋に近い良いところから埋まっていく。
番号を書いた大きい木製の札を渡される。この小屋の人も丁寧で、笑顔で場所の説明をしてくれる。札を持ってテン場に向かう。すれ違った人に、何番ですか?、と聞かれる。答えると、え? 9番? まじですか? 結構危ないですよ、と言われる。
行ってみると目の前が断崖絶壁だった。おまけに風当たりが良好すぎる。さらに狭くてフレームを全部伸ばせない。なんとか張り終えると、隣の人が、そこヤバそうだから変えてもらいました、と言っている。もう張ってしまったし、ビール飲んでるし、もういいやと夕食までテントで横になる。
17時、ついに酢豚にありつく。おひとり様は同じテーブルなので、会話が弾むといいなあとビールを買い足して行ったのだが、みんなものすごく疲れているみたいで喋るどころかご飯にほとんど手をつけずに席を立ってしまう人も。今日上がってきたばかりで高度障害がきついみたいだ。
夕食を終えてからしばらく小屋内でストーブにあたりながら山の話をしていた。テントに戻ると風が強くなっていた。フライが激しくバタバタと音を立てる。中に入るとさらに音は大きく聞こえる。嫌な予感をしつつシュラフに潜る。明日は帰りのバスの時間、14時までに上高地に下りないとならない。
深夜にかけて、テントが歪むほどに風が強くなる。フライが激しく音を立てる。ペグが飛んでいないか何度も外に出て確認をする。眠ろうとしても眠れない。ファーストエイドに耳栓があったことを思い出して装着。少しだけましになった。
DAY 3 槍ヶ岳山荘〜上高地
ニコラス・ケイジがヘリで槍ヶ岳山荘に降り立って、製法秘伝の槍ヶ岳お焼きを買いにくるという夢を見たので少しは眠ったようだ。時計を見ると3時。風は収まりつつある。朝食、撤収を済ませ、5時ちょうどに出発。
槍も下りつつ見上げる。角度によって色が変化する。全てが赤く染まって燃えているようだが、吐く息は白く、寒く、不思議な感覚に陥る。高ぶって目頭が熱くなる。
モルゲンロートをまともに見るのは初めてだった。これほどのものとは思わなかった。
一瞬でモルゲンロートは嘘のように消えて、次は紅葉に染まる沢が現れた。
槍沢は素晴らしい沢だった。立ち止まってゆっくり見ていたかった。またここに来ようと思った。
今回縦走して見てきた多様な風景。日本の山は素晴らしいなとあらためて思った。
11時15分、河童橋着。スタート地点に無事戻ってきた。ジャンダルムが見える。雨が降り出した。
GoPro動画
ヘルメットマウントなので画面酔い注意です。小さめの画面にすると少しはましかもです。